
やる気ねえ。マジでねえ。
しかもただ「やる気がない」んじゃない。体調面、精神面はとくになにも問題ないけど、ただただ単純かつ純粋にやる気がない。これやりたいなーとかやろうかなーとか思ってるけど、無意味にYouTubeとかSNSとか開いちゃう。なんならなにもせずぼーっとしてるときもある。
だいたいこーゆーときって「やらなくても別にいいこと」をやろうとするときだったりする。封筒を開けるとか、洗濯物たたむとか、ブログを書くとか。「そりゃやったほうがいいんだろうけど、まあ別にやんなくてもいいよね」的な分類。
だから今まではやる気を出そうと必死になっていた。実際それが効果的なこともある。たとえば筋トレする前とか絵を描く前にYouTubeで見ると俄然とやろう!!という気になれる。自分もこんなふうになるぞ!!と。でもそれがうまくいかないときもある。いつしかやる気やモチベーションを上げるために必死になる、という手段の目的化が起こる。やる気をだしてくれる動画や配信を探すためにめっちゃ時間かけてる、みたいな。
しかも「最初はこの動画を見るとめっちゃやる気出るぅ!」であっても、繰り返し何度も何度も見ていると「あーはいはいこれね」と慣れてしまい、次第にその動画だけじゃやる気が出なくなっちゃって別の動画を探す⋯という現象が起こる。マジで薬物と一緒。
10代20代の頃はこれで良かったのかもしれないし、厳密にいえば全然良くないのだが、しかし今の自分は37歳。40代がもう近い。さすがにそんなこと言ってらんねえ!!と焦りだす。「なんとかしてやる気をハッキングしねえとアカン!!」と。
そんなこんなでやる気について考えたり調べたり本を読んで勉強してみたが、1つ気になったことがある。
そもそも1日の中で「やる気があった時間」はどれくらいだろう?と。
さらにいえば、1週間、2週間、1ヶ月の期間中に「やる気があった時間」はどれくらいだろう?と。
自分は「何かをしている=やる気があるからしている」と思っていたが、そもそもの前提として「やる気ってなんだ?」という話になってくる。
今まではこんなふうに考えていた。

「やる気というのはある程度あってて、徐々に下がっていくとやる気がない状態になる」そう思っていた。ところが、現実は少々違った。

実際はこう。「やる気ゼロがデフォルトであり、そこから徐々に上がっていくもの」ということ。これなら「どうして自分はやる気が出ないんだ?」という疑問は、「そもそもやる気がない状態がデフォルトに設定されているから」という答えになる。
つまり、「やる気ねえ!!」といってる状態こそが「やる気がある状態」であり、今まで言っていた「やる気めっちゃあるわ!!」という状態は「バフがかかってる状態」ともいえる。
マリオカートでいうところの、普通にコースを走っている状態が「やる気がない」であり、スターを取ったときが「やる気がある」状態だ。確かにスターを取って走っている時間は存在するが、その時間はものすごく短い。それよりも普通に走っている時間のほうがずっとずっと多い。スター状態で走っているときの走り方を練習するより、普通に走っているときの走り方を練習したほうがはるかに効率がいい。
この考え方に気づいたとき、やる気に頼ろうという考え方はだいぶ薄くなった。もちろん完全にゼロになったわけじゃない。料理動画を見れば自炊したくなるし、友人と話していて触発されることもある。そういった偶然の出会いは大切にしたほうがよい。
ただ、その偶然を求めるよりかは、一番多い時間であろう「やる気がない状態」にリソースを当てたほうが効率が良くなる、という話だ。悲しいかな、やる気があるからといって成果物の質もよくなるとは限らないのだ。「やる気がない状態」でコツコツと続けたほうが何倍も差が出る。つまり、これが自分なりの習慣化だと思ってる。
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今回は自分なりのやる気について語ってみました。「やる気がない状態がデフォルトで一番多くて長い時間。だからその時間をどう使うかを考えたほうが有意義じゃないだろうか。」というお話でした。

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