先月と今月に家から出てきた不用品を持ち込みに行った。
そして、提示された金額は100円だった。
自分は迷わずOKした。

100円と査定されて、思わず「いや、100円で手放すくらいならまだ自分で持っておくし??」となってしまう。だって自分の中ではもっと価値があると思っているから、わざわざ手間暇かけて売りに行ったのだ。それをたったの「100円です」、なんて言われたらそりゃあショックだろう。時給換算しても売りに行った時点でマイナス確定だ。
だけど、ここで持って返ったところでどうなる?また使うのだろうか?自分がいらないと思ったモノを?
父の口癖はこうだった。
「あいつらは二束三文でしか買い取らん。だったら捨てずに取っておくほうがいい。」
「あいつらは安く買い取って高く売る。汚い奴らだ。」
この言葉をずーーーっと聞き続けてきた自分は、正直にいえば今でも二束三文で売ることを、まして売らずに捨てることに対して謎の罪悪感がわくことがある。
だけど結局のところ、自分の気持ちが中心ではなくてお金が中心になってしまっている。お金は大切なのは間違いない。だけど、お金に執着しすぎるのもよくない。自分の価値観がお金にシフトされるからだ。自分の大切なもののためにお金を使うのであって、お金そのものがほしいわけではない(もし自分の欲しいものがお金を払わず手に入るなら、お金は必要ないはず)。
だから自分はたとえ100円と言われても迷わず応じる。どうせ自分にとって価値のないものだ。
それに自分にとって価値のないものを捨て、今の自分にとって価値のあるものを取り入れてモノの巡りや新陳代謝を活性化させることで、自分の生活をアップデートさせる。
だから自分は迷わず捨てる。過去の自分より、今の自分と未来の自分を大切にしたいから。

コメント