自分の人生で得た教訓のひとつに「誰かに相談する」がある。
なにせ過去の自分は助けを求めることができなかった。どうやって相談するのか、どうやって助けを求めればいいのかわからなかった。そもそも「相談する・助けを求める」という選択肢すら思いつかなかった。全部自分でなんとかしなきゃいけない。そう思っていた。
で、その「誰かに相談する」の中でも個人的に大事だな、と思っているのが、
定期的に心療内科に通う
というものだ。
「心療内科に通う???その時点で絶対メンタルがヤラれてるし手遅れやん???」と思われるかもしれない。だが、自分の中では「定期的に歯医者に行ってチェックしてもらう」のと同じ感覚なのだ。
まず声を大にして言いたいのが「心療内科に通う=よくないイメージ」というのは「時代遅れの偏見」ということだ。
ひと昔前は「心療内科や精神科に通う=心が弱い、特別な病気の人」という極端な偏見があった。しかし現在は、芸能人やアスリートもメンタルヘルスケアを公表する時代になり、良い意味でイメージが変わってきている。
そして現在も心療内科に通い続けている自分から見たメリットは大きく2つある。
1. 「病気になる前に予防する」と考える
自分が心療内科に通う理由を「倒れてから駆け込む場所(治療)」ではなく、「調子を崩さないためにメンテナンスする場所(予防)」として定義している。 これは先ほどの歯医者のたとえのように、「虫歯になってから行く」のではなく、「虫歯にならないようにメンテナンスするために」通っている。
2. 「医療資源(サードプレイス)」として割り切って使う
誰かに相談する、といっても「こんなに愚痴っちゃって相手に迷惑かからないかな…」と思うことがほとんどだった。だから誰にも相談することができなかった、という事情もある。
しかし、今ではプロ(医師)の時間をお金で買って「安全に感情を処理する外部ストレージ」として心療内科を使っている。「相手も仕事だし、自分もお金を払ってる。お互い利害関係は一致している。」といい意味で開き直っている。
「いやでもさあ、歯医者のたとえはわかるけどさあ、それでもちょっと調子悪いくらいで通うのって大げさじゃない??」という声もよく聞く。だが、本来「ちょっと調子悪いかも」という早期の段階で行くのが望ましい理由は、「心の不調のメカニズム」を考えると非常に明確だ。理由は大きく分けて5つある。
1. 「心の傷」は深くなるほど修復に時間がかかる(こじらせ防止)
心の不調は、骨折や虫歯とよく似ている。 ヒビが入った段階(初期)なら固定や安静で短期間で治るが、完全にボロボロに砕けてから病院に駆け込むと、手術が必要になり、リハビリにも年単位の時間がかかってしまう。 メンタルも同様で、軽度のうちに対処すれば数週間〜数ヶ月で戻れるものが、重症化すると回復に数年かかってしまうからだ。
2. 脳の「認知機能(判断力・思考力)」が落ちる前に手を打てる
ストレスが限界に達すると、脳の前頭葉などの働きが低下し、「正常な判断」ができなくなる。
- 初期: 「あ、今ストレス溜まってるな。病院行こう」「休もう」と判断できる
- 重症化: 「自分が悪いんだ」「もう消えるしかない」「病院の予約すら電話できない」と思考がフリーズ・歪む
判断力が残っている「ちょっと狂った段階」だからこそ、自分を救うための適切なアクション(受診や環境調整)を起こすことができる。
そもそも重症化して完全にダウンしてしまうと、病院を調べて予約し、外に出て受診すること自体が不可能なほどの状態になる。そういった判断や行動をとるエネルギーが残されていないのだ。だからこそ、エネルギーが残っている「ちょっと調子悪い」状態で通うのが望ましいのだ。
3. 「選択肢」が多く残されている
早めに受診すると、医師から提示できる解決策のバリエーションが豊富だ。
- 早期の場合: 「少し働き方を調整してみましょう」「漢方や弱めのお薬で様子を見ましょう」「話し合ってストレス源から距離を置きましょう」
- 重症化後: 「今すぐ休職してください(強制終了)」「しっかりした抗うつ薬や強いお薬を長期投与しましょう」
早期であれば、生活や仕事を大きく止めずに「微調整」で済ませられる可能性が圧倒的に高くなる。
4. 二次障害(二次的なトラブル)を防げる
不調を放置して無理に踏ん張り続けると、メンタルだけでなく生活全体に被害が広がる。
- 焦りやイライラで人間関係や家族関係が壊れる
- 判断ミスや集中力低下で仕事で致命的なミスを起こす
- 睡眠障害からお酒や散財、暴飲暴食への依存に逃げて身体を壊す
「ちょっと調子悪い」という初期の段階で介入できれば、こうした人生上のトラブル(二次障害)を未然に防ぐことができる。
5. 「心の悪循環(負のスパイラル)」を断ち切れる
ストレスを受けると「眠れない」→「脳が回復しない」→「昼間ミスをする」→「落ち込んでさらに眠れない」という負のループが始まる。 初期に行けば、たとえば「睡眠薬を数日だけ使って睡眠のサイクルを戻す」といったワンポイントの介入だけで、ループをパッと断ち切ることができる。
つまるところ、車でいえば「異音がした時点で整備工場に持っていくか、煙が出てエンジンが爆発してからレッカー車を呼ぶか」という違いだ。
これが「ちょっと調子悪い」ぐらいでも通ったほうがいい理由だ。
それでも最初のころ、通い始めたころの自分は恥ずかしかった。なぜなら通うたびに同じ話をしているからだ。「また同じことで悩んでる…自分って全然成長してないんじゃないか」と、恥ずかしくなったり申し訳なくなったりしていた。たとえお金を払って聞いてもらっていたとしてもだ。
だけど何度も通ううちに、そして医師との対話していくうちに、恥ずかしがる必要はまったくないことを知った。なぜ同じ内容を繰り返し相談して良いのか、その理由を自分なりに3つ紹介する。
1. 人間関係の「クセ」や「パターン」は簡単に変わらないから
人間の対人関係の受け止め方やストレスの感じ方は、これまでの人生で長年かけて形成された「思考のクセ(性格や傾向)」によるもの。
スマートフォンのOSや癖毛と同じで、一度の相談でガラリと変わるものではない。同じ環境や似たような場面になれば、同じ場所でストレスを感じるのは「自分の仕組み」としてごく自然なこと。「また同じパターンが出たな」と確認しに行く作業自体に価値がある。
2. 心療内科は「成長を発表する場」ではなく「感情の吐き出すところ」だから
学校や職場だと「前回の反省を生かして改善する」ことが求められるが、心療内科は違う。
例えるなら、心療内科は「感情のゴミ箱」のようなもの。 「先週ゴミを出したのに、今週もまた生活ゴミが溜まった。恥ずかしい」とは思わないはずだ。生活していれば自然とゴミが溜まるのと一緒で、社会生活を送っていれば、同じようなストレスのゴミが数ヶ月ごとに溜まるのは当たり前なのだ。
3. 実は「まったく同じ」に見えて、少しずつ変わっている
自分では「学習していない」と感じるかもしれないが、実は大きな違いがある。
以前の自分なら「限界まで溜め込んでパンクしていた」かもしれないところが、今は「同じ内容だけど、パンクする前に吐き出しに来られている」と明確な変化がある。「悩みの中身」は同じでも、「悩みの対処法(ケアのタイミング)」は劇的に進化・学習しているのだ。
「危なくなったらあのサードプレイス(心療内科)に行けば大丈夫」という安全網(セーフティネット)を持っていることを学習しているのは非常に大きい。
ここまでつらつらと心療内科に通うメリットを書いてきたが、それでも「でもやっぱり…」と思う人もいるかも知れない。むしろそちらのほうが多いだろうか。とくに世間体を気にする昔の自分だったらなおのことそうだろう。
だから、またしても声を大にして言いたい。
「自分の人生を守ってくれない人たちの意見」は気にしなくていい
世間のイメージを気にして通院しない、あるいは通院をやめてしまい、もし心が折れて働けなくなってしまっても、世間や周りの人は責任を取ってはくれない。
自分の心と健康を守れるのは、世間の目ではなく、自分の賢い判断、すなわち早期の受診だけだ。
自分でなんとかしなきゃいけない。だからプロを手を借りるのだ。

ちなみに内容にもよるが料金もそんなにかからない。この前かかったときはこの金額でビックリした。自分の時給の半分以下である。こんなに安くて、しかも安全にガス抜きができるなら使わないと損ですらある。
以上、心療内科に通うメリットでした。
自分は「心療内科に通うことは予防医療である」という考え方を強く推している。歯科の定期検診や車の車検と同じだ。この考え方が少しでも役に立ててくれればこれ以上のことはない。


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