それは仕事から終わってロッカーで帰り支度をしているときだった。
財布が入っているポケットをさがすと…ない。
いつもそこにいるはずの財布がない。いや、「いつもそこにいる」からこそ「あって当然」だと思っていた。なくすはずがない、落とすはずがない、と。
私「あれ?財布なくしちゃったっぽい」
同僚「えー!大丈夫ですか?」
私「まあお金は仕方ないですけどそんなに入ってないですし。そこまで困るようなものでもないかな。」
嘘である。精一杯の虚栄である。内心ビクビクである。
どうしてこんなときに無駄に意地を張ってしまうのか。財布を落としたという事実はもとより、こういうところで自分にダメージを与えてしまうのは本当によくない。
このとき思ったのが「失ったショック」よりも「再発行する手続きの面倒くささ」が先に来ていた。
運転免許証がないから車を運転することができない。クレジットカードの利用も止めなくちゃいけない。そしてどちらも再発行しなければいけない。
精一杯の虚栄の中に「面倒くッッッさ!!!」と思ったのは紛れもない事実だ。
とにもかくにもやるべきことは3つある。
- クレジットカードの利用停止
- 警察へ遺失物届を出す
- 運転免許証の再発行
現金は戻ってこないと思ったほうがいい。期待しすぎてはいけない。
それよりもクレジットカードを不正利用されたり車の運転ができなくなる、そっちのほうがよっぽど大問題だ。
もちろん、誰かに拾われて返ってくる可能性はなくもないが、その可能性に賭けるくらいなら最初から再発行する方針に舵を切ったほうが速い。どのみち「勉強代」だ。
急いで免許センターへ向かう。免許証を持っていないので当然運転はできない。バスで向かうことにする。
2600円+2時間待ってなんとか再発行してもらう。これでとりあえず運転することはできる。
次にクレジットカードの利用停止。クレカの悪用なんて考えただけで恐ろしい。
これも初めて行った。なんたってカードを落としたことがなかったから。

だが今の時代はインターネットで簡単に停止・再発行ができる。本当にいい時代だ。
最後に最寄りの警察署へ遺失物届を提出する。
これは仮にクレカを悪用されたとしても「私はこのとき落としていたんですよ」という照明にもなる、らしい。
なにぶん初めてなので確かなことはわからないが、やっておいて絶対損はしないだろう。
これもインターネットから提出することができた。なんていい時代なんだ。
こうして私は財布を失って、初めて「持っていたものの重さ」を知った。
さて、今回の教訓でわかったこと
- 小さい財布はなくしやすいかもしれない
- 現金は少ないほうがいい
- 物理カードを持つのはリスクがある
- 絶対なくしたくないものの管理の仕方
財布の大きさについて。
私は小さい財布が好きだ。ポケットにかさばらないあのサイズ感。昔は長財布を後ろのポケットに入れていたけど、今はもうそんなこと恥ずかしくてできなくなった。
だけど、小さい財布はそのぶん存在感が薄い。なくしても気づかない。これは盲点だった。
所持する現金について。
これもミスをした。普段から支払いバーコード決済かクレジットカードしか使わないのに、「なんかに使うかもしれないから」といって結構な額が入っていた。といっても1万円も入っていないが、記憶が確かなら7~8000円は入っていたはず。
もし新しい財布を買ったときには、現金はなるべく少なく持つようにしよう。どんなに多くても5000円以下。それ以上は落としたときのダメージが大きい。
物理カードを持つリスクについて。
これはもうお察しのとおり肌身で感じた。落としたらマージーで面倒くさい!!
普段運転するために持っている運転免許証ですら「なんで持っていたんだ!」と無意味に罵倒したくなった。いや持たないとダメだろう…。
クレジットカードもそう。QUICPayやスマホを使ったカード決済にもできたはずなのに、物理カードを持つことにこだわった。百歩譲ってステータス性があるカードならまだわかるが、私の持ってたカードはごくごく普通のもの。ゴールドですらない。
最後に、絶対になくしたくないものの管理について。
とにかく運転免許証をなくしたのはかなり痛かった。だから常に肌身離さず持ち歩ける形が望ましい。
ということで候補に上がっているのがMoftのようなスマホケース。
こういったスマホとカードを収納できるタイプがいいかもしれない。
なお、以前同じ考えで手帳型のスマホケースを使っていたことがあったが、スマホを見るたびにいちいち「開く」動作が煩わしすぎてやめてしまった。
今後、こういうのもありかもしれない。
終わりに
ショックだ。いやショックなのかどうかもわからない。やっぱりとにかく面倒くさかった!!もうこの一言に尽きる。
マジで物をなくす、とくに普段から愛用しているものをなくすっていうのは面倒でストレスなんだなと感じた。
「もうしょうがない」という気持ちと「なんで落としたんだバカ!」という後悔が頭の中でせめぎ合っている。
一方で、今回の出来事は「物を持つ」ということを改めて考えさせられた、絶好の機会ともいえる。人間、やっぱりどうしても避けることができない痛みで気づいて学ぶこともあるのだ。
私は財布に対して知らず知らずのうちに
- 安心を財布に入れていた
- 「なくさない前提」で生きていた
- 自分は管理できると思い込んでいた
こんな思いがあった。だがそれは幻想だとぶん殴られた。
正直に言えば、お金が惜しかったわけじゃない。
「まさか自分が落とすなんて」と思った、その自尊心のほうがよっぽど痛かった。
財布を失ったショックよりも、「自分は管理できる人間だ」と思い込んでいた事実のほうが堪えた。
物を減らしても、リスクはゼロにはならない。
だけど、減らしていたからこそ今回のダメージは最小限で済んだ。
ミニマリズムは「失わないこと」ではなく、「失っても立て直せる状態を作ること」なのかもしれない。

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