私は動物が好きで、その中でも鳥が大好きだ。
世の中犬派猫派といるが、私としてはその中にぜひとも鳥派を入れてほしいくらいには鳥が好きだ。
物心がつくころから鳥が好きで、家の庭には鳥たちが水浴びや砂浴びをしにやってきたりしてるのをよく見た。
そんな鳥好きがこうじて、「日本で一番取りと触れ合える場所はどこだろう?」と考え、2024年には静岡県は掛川花鳥園まで遊びに行った。すべては鳥たちと触れ合うために。

中でも、この目でヘビクイワシを見ることができたのは僥倖だった。
この世にこんなスタイルの良い鳥がいるものなのかと感動した。

ここに来たことで「ああ、やっぱり自分は鳥が好きなんだな」と確信できたし、そしてこの掛川花鳥園ひいては静岡のことが大大大好きになった。
そんな鳥好きの私だが、なぜこんなにも鳥が好きなのだろう。
あの鳴き声が可愛らしいからだろうか?
あのまん丸なフォルムがよいのだろうか?
たぶんどれもこれもそうなのだろう。
そんな数ある理由のひとつの中に「身一つでどこへでも飛んでいけるその身軽さ」に惹かれているのだと思う。
マガモのような渡り鳥はその身一つで国内はもちろん、国をも超えてはるばるとやってくる。
自分たちよりも軽くて小さなその体で、何千キロも旅してくるのだ。
きっと私は、鳥たちの“軽やかさ”に憧れているのだと思う。
彼らは持たないからこそ、どこへでも行ける。
誰かの評価や、重たい荷物に縛られずに、自分の翼だけで風を選べる。
その姿に、ミニマリズムの本質を見ているのかもしれない。
最後に、北大路魯山人「小生のあけくれ」からの言葉で締めくくりたい。
「山鳥のように素直でありたい。太陽が上がって目覚め、日が沈んで眠る山鳥のように……。」


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