今月も多くのものを手放しました。その多くは痛みをともなうものでした。
■Tシャツ3枚

どれも「汚れてきた」「くたびれてきた」「興味関心がなくなった」などの理由で処分。
その結果、外にできるときに着ていく半袖Tシャツが冗談抜きで1枚になってしまった。
さすがに由々しき事態なので1枚(ともう1種類)購入。これがよければもう1枚買い足してもいいかな。
■スラックス

生地が薄めで夏場に重宝していたけど、こちらも生地が擦り切れてきたために買い替え予定。
■ハンガー13本

ハンガーを処分したのには2つ理由がある。
1つはハンガー自体を揃えたかったというもの。
もう1つが、ブラックのハンガーはプラスチック製で耐久性がゼロ、グレーのハンガーはM◯W◯っぽいハンガーが人気!みたいなのを聞いて、それで当時ニ◯リでそれっぽいものを買ったわけだけど、よくよく考えたらこれってパンツを引っ掛けることができない。これねえ、マジでねえ、買うまで気づかなかったの。いや、本当に。
1つは耐久性ゼロ、もう1つは使い勝手悪すぎ、じゃあこの際全部買い換えてハンガーを揃えたほうがいいでしょ?ってことで。
ブランケット
20年前くらいに誕生日でもらったもの。
特に使うわけでもなくずーーーっと押し入れにいれっぱなしだったのでいい加減処分。
まくらカバー
なんかめちゃくちゃ汚れてしまったので買い替え。(汚すぎるので写真NG)
ランニングシューズ
やろうやろうと思って大昔に買ったもの。始末の悪いことにちょくちょく走ることがあったせいでなかなか処分するのに踏ん切れなかった。
だけど今回は勢いに任せて処分。あまり勢いに任せてしまうのはよくないんだけど、こういうときは思い切りが大事。
■昔ハマってたグッズ
あんなに熱中して熱狂していたのに、今じゃすっかり冷めてしまった。なんか心のなかで吹っ切れてしまった。おそらく、悪い意味で。
当時買ったパーカーも一度も袖を通さなかった。グッズも開封すらしなかった。いつか使うと思ってた。でも使わず3年が経とうとした。もうさすがに潮時だ。もう、自分の中で必要ないんだろう。
「もし今から引っ越すとなったとき、自分はこれを持っていくだろうか?」そう考えたとき、頭の中に「ノー」の言葉が浮かんだ。それを否定したくてずっと持っていた。
「あの頃の自分を忘れたくない」「過去の自分が間違ってなかったと信じたい」そういう気持ちだけで持っていた。執着していた。自分が正しいと証明したかった。「あのときの熱中していた気持ちが過去のものになってしまう」そんな感覚を否定するために。
だけど、自分に嘘をつき続けるのも苦しかった。「もう、自分には必要ない」。それを認めるために長い時間が必要になった。
これらグッズを売りに行った。買取金額はすべて合わせて100円だった。

100円。あれだけ熱中していたグッズが全部合わせて100円。この100円の中には上記の服やシューズなども含まれている。それらすべて合わせて100円。タイパ的にもトータルマイナスである。
こういう経験をするたびに思う。「自分は何のために買ってるんだろう?」と。リセールバリューのために買っているんじゃない。だけど、こういう「現実」をみると、ついつい考えてしまう。まして今回売ったものの中には一度も袖を通さなかったものもある。一体何のために買ったのだろうか。そう考えずにはいられない。
この痛みは決して忘れてはいけない。ミニマリスト云々なんて関係ない。自分にとって本当に必要なものは何なのか?それと問うために。

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