何にお金を使っていたか、もう思い出せない——貧乏ミニマリストの10年

私事ですが、貧乏ミニマリストとしての生活がもう10年になろうとしていています。
こんな生活がずーーーっと送っていると、不思議なことが起こります。
それは「昔、自分が何にお金を使っていたのか思い出せなくなる」というもの。

コンビニで何を買っていたのか。
休日にどんな衝動買いをしていたのか。
いくら考えても、はっきりと思い出せない。

もしかして記憶力が悪いんかな…??と思いましたが、それは記憶力が衰えたからでも、人生が退屈になったわけでもないことに最近気づきました。
それだけ「心に残らないお金の使い方」が、いつの間にか生活から消えていたというだけの話なのです。

昔、私は何にお金を使っていたのか思い出せない

20代後半のとき、20代前半のとき、大学生のとき、高校生のとき…一体自分は何にお金を使っていたんだろうか?
高校生や大学生のときは遊ぶためにお金を使っていたんだろうな~ぐらいしか思わないし、まあそれもそれでいいんじゃない?とは思います。
だけど貧乏ミニマリストになる直前までの、あの20代の頃は何にお金を使っていたのかまっっったく思い出せない。せいぜいバカみたいに洋服を買っていた…??とか…??
当時は家計簿なんてつけていなかったですし、つけていても超がつくくらい大雑把、あとで自分が見返しても「これなんの金額だっけ?」となること間違いなしの、そんな家計簿しかつけてこなかったでしょう。

なぜ“買っていたもの”は記憶に残らないのだろう

たしかにいちいち食料品であれを買ったこれを買った、と覚えているほうが変な話ではあります。
が、財布を見るたびに「なんかお金減ってない??」となるのはどーーー考えてもおかしい。
一体自分はなににお金を使ったんだろう。ファストフード店のコーヒー代?友達に見栄張って奢ったとき?なにかに使えそうと思って買った便利グッズ?いい体になろうと思って入ったジム代?本当に本当に覚えていない。

貧乏生活によってお金にたいして敏感になる

無職になり、収入がゼロになり、身の回りの物を売りながら生活するにあたって、とにかく支出を減らすことに専念した。
使ったお金は必ず家計簿に書く。いつ、なにを、どこで、いくらで買ったのか。細かく細かく書くようになりました。
今でも忘れられない。100均で110円のものを買おうかどうか迷いに迷って、30分間迷った挙げ句に「よし!買おう!」と思って、いざレジに行ったら「これは本当に必要なのか…??」とまた30分間思い悩んで、結局買わなかったあの日のことを。

思い出せないお金の使い道が消えたということ

昔の私は、お金を使った「理由」よりも使った「事実」だけが積み重なっていました。
だから何に使ったのか思い出せない。
そして、それはきっと私だけではないと思います。

では、今はどうだろうか。
お金を使う前に立ち止まり、「これは本当に今の自分に必要か?」と考える。
その結果、使わなかったお金は記憶にも残らない。
使ったお金だけが、ちゃんと記憶に残る。

貧乏ミニマリストになってから、私はお金を節約するようになったのではなく、お金との付き合い方を丁寧にするようになったのだと思います。
たった100円、されど100円。
私は「お金」で物を買ったのか、それとも「時間」で物を買ったのか。その違いに気づきました。

思い出せない支出が消えたことは、失敗ではありません。
それは、雑だった生活が静かに終わった証拠なのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました